大人が3ヶ月で150m泳げるようになった話
泳ぎだけはダメな人生だった
小さいころから体を動かすのが好きで、色んなスポーツをしてきた。
小学校ではサッカーと野球を一年ずつやり、中高ではバスケに打ち込んだ。
中学では学校代表として駅伝大会にも参加した。二ヶ月ほどの集中した練習期間は、厳しくも笑いが絶えず、甘酸っぱい思い出もある。「青春の1ページ」だなぁと今でも思う。駅伝以来すっかり走るのが好きになり、大人になってから月に100km以上走っていたこともある。
社会人になってからは同僚に誘われてフットサルもやった。べつに上手いわけではなかったが、体力だけはあったので、素人にしては楽しめたかもしれない。
最近はご無沙汰になっているが、登山も好きで、主に奥多摩の山をひとりで登った。地元・埼玉の「飯能アルプス」でツキノワグマを目にし、肝を冷やしたのもいい思い出だ。登山はいずれ再開したい。
そんな僕だが、泳ぎだけはまるでダメだった。
実は、小学生のとき水泳教室にも通ったのだが、ビート板を手放す前に半年ほどで辞めてしまった。よほど向いていないと感じたのだろう。
東京に出てからは「海のない埼玉に泳げるヤツはいない!」と周囲を笑わせたが、ぜんぜん面白くない。体への負担を考えたらジョギングより水泳のほうがいいという話も聞く。ああ、いつかは自由に泳いでみたい……。
これは、そんな一人のカナヅチ男が泳げるようになるまでの記録である。
あれ? 近所に綺麗なプールがある!?
泳ぎの練習してみようかな。
そう思ったきっかけは、僕が住んでいる東京の三鷹市にキレイな運動施設(SUBARU総合スポーツセンター)が出来たからだ。環境って大事。
つまりは市区町村の体育館なのだが、新しいだけあって設備がすごい。
バスケやバレーボールコートの他に柔道場もあるし、地下には土俵もある。ちょっとしたボルダリングもできるし、屋内ランニングコースは床が柔らかい親切設計。トレーニングルームも本格的だ。そしてプールも併設されている。
昨年(2019年)の秋、初めてこの施設に入ってプールを見つけたとき、その綺麗さに目を奪われた。規模も大きく、なんと25m×10レーンもある。あとで知ることだが、レーンごとに床が上下に可動し、水深を変えることもできる。チビッ子も安心なのだ。
古くてコケが生えていそうなプールよりも、ピカピカで明るいプールのほうが心ときめくのは当然だ。そのときプールにいたのはほとんどが老人だったが、何だかみんなキラキラして見えた。
利用料金を見てみると、一時間200円。週に5回泳いでも1000円は安すぎる。仕事もしばらくは暇そうだし、22時まで開いているなら会社帰りにも通えそうだ。
そんなアレコレに後押しされ、このプールで長年の夢である「泳ぎの習得」に挑戦してみることにした。大人になって新しいことにチャレンジするって気分がいい。
水着を買いに行こう
泳ぐにはもちろん水着がいる。
施設の規定を読んでみると「水着は公序良俗に反しないものを着用してください」とのこと。公序良俗に反する……ゆりやんレトリィバァが着てたような水着だろうか?
……これがOKだとしても着る勇気はない。市営プールを泳ぐよりも、世間の荒波を上手に泳ぐことのほうが大切だ。
さて、スポーツ関連の道具を安く買うなら上野のロンドンスポーツ。
休日にさっそく買いに行ってみた。時間と電車賃をかけるだけの価値がある安さなので、最新モデルを求めていないのであればオススメだ。
それと、女性用水着は意外と高額だが、ロンドンスポーツでは「上下14000円が6000円に」といった大胆な割引商品を普通に見かけたことをお伝えしておく(デザインも別におかしくなかった)。水泳を始めたい女性はロンドンスポーツを覗いてみよう。
最初はその雑多さにドン引きし、その後で価格に驚喜するはずだ。
荒っぽいお店ではあるが、店員さんは親切だし試着室もちゃんとある。お店のアプリでさらに割引になるので事前に入れておくと良い。
そんなこんなで競泳用タイプの水着を2500円程で手に入れた。「度入り」のゴーグルと黒いキャップも買い、これでいつでもプールに行ける。
ゴーグルの着用は義務ではないが、目の保護と視界確保のために着けたほうが良いと思う。また、耳栓を買う人も多いようだ。
緊張の初プール
見た目はサマになったが、サマになったらなったで「恰好だけは一丁前のくせに泳げないのかよ(笑)」……そんな声が聞こえてくるのが小心者だ。
泳げる人ばかりだったらどうしよう……と怯えながら入館。
慣れない手つきで券売機の1時間チケットを購入。自動改札のようなゲートにチケットをタッチ。これで時間が管理されるハイテク仕様だ。
このゲートの先で男女に分かれていて、各ロッカールームに続いている。そこでいそいそと着替えを済まし、隣のシャワースペースで体の汚れを落としておく(メイクも落とす必要あり)。そして、細い通路を通り、いざ水しぶきの音が聞こえてくるプールへ。
おお……明るい空間とキラキラした水面に気分が上がる……!
と、気分は上がったが勝手は分からない。キョロキョロと周囲を見ても、学校のプールにあった「消毒槽」も無い。だが、後から来た人がさっさとプールに入るのを見て、最近はそういうものかと自分を納得させた。
ちなみに僕は、シャワースペースで水着を下ろしてしっかり洗う派だが、のちのち他の人のやり方を横目で見てみると、適当にザッと浴びるだけの人もいてモヤモヤした。
もし仮に、家でお風呂に入ったばかりでも、シャワースペースでは全身くまなく洗って見せるのが周囲へのマナーだと青森の祖母も言っていた気がする。
でも、プールの殺菌能力が昔より上がっていて案外大丈夫なのかもしれない。
練習の日々
プールは25mレーンが8本と通路を挟んで2本。計10レーン。
2レーンのほうは「右が往路・左は復路」で、ひたすら泳ぎたい人たち向け。上級者たちが工業製品のように行ったり来たりを繰り返しており、「もしや発電でもしてるのかな……?」と錯覚するほどストイックなレーンだ。
8レーンのほうは、ウォーキング用が3レーンで1まとめ、泳ぎ練習用が2レーン、ターンで泳ぎたい上級者用が3レーン、といった具合に分かれている。ウォーキング用レーンは12.5m地点でさらに区切られていて、先の12.5mは迷惑にならない範囲で自由に使える。
初日はウォーキング用レーンで体を水に慣らし、自由スペースでクロールっぽい動きをして終了。特に怖いこともなく安堵した。
その後しばらく、僕の場合は以下のような流れで1時間を使うことが多かった。
①ウォーキング用レーンで体をほぐす。腰をねじったり肩を回したり
②ウォーキング用レーンで歩きながらクロールの真似事。顔を水につけ、腕はクロールの動き。腕の動きや息継ぎの動きを体に覚えさせる
③自由スペースでクロールの練習。バタ足や「蹴伸び」も繰り返す
④練習用レーンに誰もいないときはクロールを試してみる
慣れてしまえば他人の目も気にならない。
僕がいつも行くのはほとんど夜で、基本的に大人ばかり(たまに小学生を連れた親もいる)。男女比はざっくり8:2くらい?
老人はウォーキングスペースをひたすら歩いていることも多い。20~50歳くらいの人はほとんどが泳げて、一から泳ぎの練習をしている人は極少数だが、別に干渉し合わないので気苦労はなかった。
そうして、週に3日くらいプールに通って①~④を繰り返す日々が始まった。
しかし、そう簡単に泳げるようにはならないのが現実。何しろ自分のフォームが分からないし、誰かが教えてくれるわけでもない(ただし明るい時間には一般的なスイミングスクールもやっている)。そこで、色んな動画を参考にしてみることにした。
動画って最高だ!
探せば見つかる見つかる。
コナミスポーツクラブのような大手による解説から、アマチュアスイマーによるお手本まで、泳ぎ方を教えてくれる動画が無数にあった。最初から動画を見れば良かったな……。
動画から何を学ぶかは人それぞれだと思うが、僕は以下の三点がとくに参考になった。
①息継ぎするときは頭を腕に乗せるイメージで、斜め後ろを向く
②クロールの推進力の7割は腕
③できるだけ力を抜いてゆっくり泳ぐ
息継ぎはとにかく水泳の一番の肝。①によって、頭の具体的な動かし方が分かって息継ぎがだいぶ楽になった。
②は驚きだ。この教えによって「腕でしっかりと水をかく」ということに意識が向くようになった。確かにこれがうまく出来ると、バタ足が弱くても前に進む。
③も初心者には盲点。力を抜いたことでようやく無酸素運動から有酸素運動に変わった気がする。
これらの教えを意識しつつ練習を繰り返し、意識しなくなったころ、ついに25m泳ぐことが出来た……! プールに通い始めてひと月くらいのことだっただろうか?
「ずっと遠くにあった壁に手が触れる」という、このプールならではの感激はなかなか得難い。頂上に向かって一歩一歩すすんでいく、登山に近い達成感かもしれない。登山と違って下りの辛さもないのでプールは最高だ。
25mが泳げればあとは応用
25m泳げると気分も乗る。さらに力を抜いてみたり、足と手の動きを合わせようとしてみたり、息の吐き方にも工夫をした。ターンも動画を見ては練習を繰り返すことで不格好ながらなんとか出来るようになってきた。
やがて50mに到達……!!
25mも嬉しいが、ターンをしてスタート地点に戻ってくるというのはまた別の喜びがある。クロールの一通りが身についた感じがした。
面白いのが、50m泳げるようになっても、スタート前にしっかり意気込まないと失敗するところ。身体と呼吸を複雑にリンクさせる水泳において、心構えがいかに重要かが分かる。
そうしてコツをつかんだ結果、2020年2月の段階で150mまで泳げるようになったのだ! これはもう「泳げる」と言って良いのではないだろうか?
とにかく継続は力なり。子供は柔軟さで物事を吸収する長所があるが、大人は大人で頭を使って冷静にトライ&エラー出来る強みがあると感じた。
気がつけば、上級スイマーたちが機械のように往復を繰り返していた、あの2レーンでも平気で泳げるようになっていた。
そしてアフター・コロナ
クロールにある程度の自信がつき、さてこれからは気持ちよく泳げるぞ、と思っていたところに「新型コロナウイルス(COVID-19)」である。
SUBARU総合スポーツセンターも3月頭には閉館してしまい、プールに行けない日々が続いている。たまに部屋で腕をぐるぐる回し、口をパクパクしたりもするが、むなしいだけ。
とはいえ、流行の第一波は収まりつつあり、プールも解禁のタイミングを図る時期になっているようだ。イトマンスイミングスクールのHPを見ると、「プールの殺菌力は非常に強力で、施設内も高い湿度によって感染防止に優れた環境」とある。NHKの『あさイチ』でもプール内での感染リスクの低さが紹介されたそうだ。
日常が戻るにはまだまだ時間はかかるが、プールに通っていたことで「待つ喜び」が生まれたとも言える。クサい終わり方になってしまうが、これからもチャレンジ精神を持っていたいものだ。
END